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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1374号 判決

判   決

東京都葛飾区上平井町四四八番地

原告

宇佐美弘欣

右訴訟代理人弁護士

松島政義

同都港区芝白金三光町五一九番地

被告

鈴木直逸

右訴訟代理人弁護士

森本正久

右当事者間の昭和三六年(ワ)第一三七四号競売不足金請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し、金二七万八四七一円及びこれに対する昭和三六年三月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮り執行することができる。

理由

請求原因第一項及び第二項記載の事実並びに東和信用組合が昭和三五年三月二一日原告所有の本件建物につき根抵当権の実行として競売を申立て、同月二二日不動産競売手続開始決定がなされ、被告が同年七月六日の第一回競売期日において、本件建物を代金五四万一〇〇〇円で競売する旨申出て、競売許可を受けたが、代金支払期日に代金を支払わなかつたことは、当事者間に争いない。

被告は、右競買の申出は、要素の錯誤により無効であると主張する。

本件建物の敷地が昭和三五年三月二日建設省告示第一一二号により東京都市計画街路(放射第五号巾員四〇米)の境域内に指定されていることは、当事者間に争いない。証人鈴木美紗子の証言によれば被告は本件建物を娘鈴木美紗子の営業用店舗として使用するため、競買の申出をしたのであるが、申出当事は、本件建物の敷地が都市計画街路の道路敷地として指定されていることを知らなかつたこと、競買の目的が前記のとおりであるから、都市計画により将来もし建物が取払われることが予想されたならば、競買申出をするつもりはなかつたこと、また本件競売及び競落期日の公告には、前記のような都市計画に関する事項が記載されていなかつたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

しかし、法律行為の要素に錯誤があるというためには、意思表示の内容の重要な部分について、錯誤がなければならない。本件建物の競売においては、建物自体を現形のまま競売に附したものであつて、建物の敷地が都市計画街路として指定されていないものとして競売に附したものではない(このような事項を競売期日の公告に記載する必要ないし、また現に記載のないこと前記のとおりである。)被告の競買申出も、これに対応して、建物の競買申出であつて、敷地が街路に指定されていないことを表示してなされたものではない。したがつて、被告がこの事実を知らずに、競売の申出をしたものであり、これを知つていれば競買の申出をしなかつたものであつても、それは表示されていない動機の錯誤に過ぎないから、これをもつて要素の錯誤があるものということはできない。よつて、被告の右主張は、採用しない。

前認定の事実に、成立に争いない甲第四ないし第九号証の記載を総合すれば、被告が代金支払期日に代金を支払わなかつたため、本件建物につき再競売が命じられ、荻原好之助が昭和三五年一一月三〇日の競売期日において金一七万円をもつて競買を申出て、同人に対し競落許可決定がなされたこと、昭和三六年二月一四日右売却代金一七万円及び被告が最初の競売手続において納付した保証金五万四一〇〇円合計金二二万四一〇〇円について交付計算が行われ、抵当権者東和信用組合に競売手続費用一万六一三七円、貸付元金一八万円の内金として金一四万五三四一円及び昭和三四年一〇月七日から昭和三六年二月一四日までの日歩七銭の割合による損害金六万二六二二円合計金二二万四一〇〇円が交付されたこと、再競売においては、抵当権者東和信用組合の外に、東京都千代田税務事務所が原告に対する昭和三四年度及び昭和三五年度不動産取得税等三七七〇円の交付要求をしたが、売却代金に余剰がないため、これに対しては代金が交付されていないことが認められる。右認定に反する証拠はない。

競売法第三二条により任意競売手続に準用する民事訴訟法第六八八条第六項は、最初の競落人は、再競売における競落代金が最初の競落代金より低いときは、不足額を負担することを規定する。その責任は、第一次的に債権者に負担し、更に不足額があるときは、債務者または物件所有者に対し、負担すべきものである。そして、再競売に附された場合は、最初の競落人は、保証金の返還を求められないし、かつ再競売における競落代金が最初の競落代金より低い場合は、最初の競落入の立てた保証金は、再競落代金の不足額に充当して、債権者に交付されるものである(本件競売手続においてもこのように取り扱われていること前記のとおりである)。このことから考えると、前競落人が債権者等に負担する責任額は、原告主張のように前競落代金と再競落代金の差額そのものではなく、これから更に保証金を控除した残額と解するのが相当である。原告主張のように解すると、債務者または物件所有者は、再競売において、かえつて保証金相当額を余分に利得する結果となる。被告の競落代金が金五四万一〇〇円、再競落代金一七万円、被告の立つた保証金が金五万四一〇〇円、抵当権者の貸付元金残が金三万四六五九円、交付要求にかかる税額が金三七七〇円であること前認定のとおりであるから、前記説明に従つて計算すると被告が原告に対し負担すべき不足額は、金二七万八四七一円となる。以上により被告は原告に、右金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる記録上明らかな昭和三六年三月五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延利息の支払義務がある。

被告は、原告の本訴請求は、権利の乱用があると主張する。しかし、原告が競売の際本件建物敷地が都市計画街路の境域に指定されていたことを知つていたことを認めるに足りる証拠がないのみならず、被告主張のような事由があつても、これを権利の乱用ということはできない。

よつて、原告の請求を前認定の限度で認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言について民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一二部

裁判官 岩 村 弘 雄

請求の原因<省略>

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